羽子板の起源と様々なデザイン

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⒈羽子板の歴史

羽子板は、蚊を食べる蜉蝣を模造して作られた胡鬼子とも呼ばれる羽を突く事から胡鬼板と呼ばれ、室町時代以前より正月の風物詩として定着していました。

また、羽子板は平安時代の宮中で行われていた毬杖が起源とされ、宮中で行われていた蹴鞠や盤双六などと同様に中央アジアから中国を経て伝えられた文化とされています。

第45代聖武天皇の治世時には、神亀4年に太政大臣高市皇子の長男である長屋王関連の皇族が春日野で毬杖の起源とされる打毬を楽しんだ記録があり、第54代仁明天皇の治世時には豊徳殿に招いた渤海の使者の前で打毬を披露されている事から1300年を超える歴史がある風習です。

毬杖は、木の枝をゴルフのパターのヘッド部分を大きくした反り返った打棒で毬と呼ばれる木製の丸い玉を打ち合う皇族や貴族の遊びであり、毬は羽の様に軽く無くゲートボールの玉とソフトボールの中間の大きさの木製の丸い玉です。

毬杖は、幅約10mかつ長さ約24mのコートを2分すると共にセンターラインの左右3mをセーフティーゾーンとし、現在では3対3で打ち合う競技とされています。

羽子板の対戦では、羽根を落とした方の顔に墨で落書きするのが定番となっていますが、民間に普及するに従って競い合う意味合いが薄れると共に相手の無病息災を祈るものに変化した儀式です。

羽根は、無患子と表記する70cmの偶数羽状複葉のムクロジの大きな球状の種子に鳥の羽根を付けて制作した事から、子が病気を患無いの語呂合わせが医療未発達の奈良時代や平安時代には珍重されたとされています。

⒉顔を黒く塗る意味とは?

顔への落書きは、奈良時代や平安時代の人々が恐れていた邪気や病魔に対して退魔や浄化作用を有すると考えられていた黒色の墨を持ちいたと考えられ、無病息災を祈る羽根を落下させた不吉な状態も黒色の墨を塗る事で邪気や病魔を避ける事が出来ると考えられていた様です。

現在では、正月の街角で見かけなくなっただけで無くテレビのバラエティー番組でも顔に墨を塗る罰ゲームを見かける事が無く、日本古来の重要な慣習が年々失われています。

毬杖は、左義長の原意や3本の毬杖の意味もあり、宮中の清涼殿南庭では正月の15日及び18日に吉書や扇などを焼く儀式である三毬杖の語源ともなっています。

民間では、三毬杖がどんど焼きやさんくろう焼きなどの起源となり、正月に門扉に並べ置く門松や軒先に飾られる注連縄などを燃やすと共に無病息災を祈願して餅を焼いて食べる風習です。

毬杖は、ゴルフと同様に右利きが一般的である事から左利きのプレーヤーを左毬杖と呼んだ経緯があり、左毬杖「ひだりきっちょ」が左利き「ぎっちょ」の語源とも言われています。

⒊江戸時代に入ると魔除けや厄除けの意味を持つようになった

第102代後花園天皇の父である伏見宮貞成親王が記したとされる「看聞日記」では、毎年宮中で新年1月5日に胡鬼板の大会が催されたとされていますが、時代が進むと共に徐々に厄除けや女性への贈り物として変化した経緯があります。

しかし、江戸時代に入ると魔除けや厄除けの意味も込めて正月の子供達の玩具となり、現在ではその年を代表する著名人を形取った物や観賞用の高級な物が主流となっているのが現状です。

2017年は、秋篠宮眞子様と小塚圭の祝御婚約や連勝記録を樹立した藤井総太4段がモチーフの天才中学生現るなどの図案が制作され、2016年には2017年に栄和人をパワハラで訴えた伊調馨選手の栄誉の4連覇や内村航平選手と白井健三選手がモチーフの後継者は俺だなどの図案が制作されました。

羽子板には、道成寺や浅妻だけで無くまり踊りや藤娘及び汐汲などの種類があり、他にも似顔絵や世相及び男役者などの種類があります。
道成寺は、僧侶の依頼で釣鐘の前で舞った鐘供養に訪れていた白拍子の花子の姿が描かれている伝統のデザインであり、金箔や銀箔に彩られた額に入れられた観賞用の高級品が多いデザインです。

⒋自分の好みに合うデザインの羽子板を探すのも楽しい

浅妻は、第5代将軍徳川綱吉の生類憐みの令で三宅島流刑となった英一蝶の作品を舞踏化した浅妻の里の舟女が描かれた伝統のデザインであり、道成寺と同様に観賞用の高級品が多いデザインでもあります。

まり飾りは、初めて新年を迎える女の子に贈られる縁起物に用いられるデザインであり、添えられた華やかな飾り鞠の様に美しいだけで無く丸く健やかに育つ願いが込められているデザインです。

藤娘は、藤の名が表す様に薄紫色の藤の花が一面に咲き誇る様な華やかなデザインであり、笠にデザインされている一枝の藤がピンポイントとなっています。

汐汲みは、歌舞伎や日本舞踊の長唄や常磐津の掛け合いで知られる有名なシーンを描いたデザインであり、第51代平城天皇の長男であると共に日本各地で浮名を流した平安時代きってのプレイボーイである有原行平を慕う海女の松風が描かれている哀愁を感じるデザインです。

羽子板は、現在も縁起物としての人気が高く毎年購入している方も多く、自分の好みに合うデザインの羽子板を探して購入するのも楽しいと思います。

・・・岩槻人形優良店会 特選 羽子板